🎉

2025/7/31 20:28

まず語るのはミヌットの始まりについて

彼は昔、ある事件に巻き込まれました。怪異に呑み込まれたのです。怪異の泥漿とした黒が身体に入り、侵食。彼の右眼が反転目になったのはこの時です。
怪異に呑み込まれたミヌットは、それまでの記憶を失い、産み落とされました。ただ一つ憶えているのは、さっきまで身体に入り込んだ泥漿について。気持ちの悪い感覚、嫌悪。怪異としての能力を授けられた屈辱。
人生を歩み直す為に、彼は怪異収集家として名をあげるようになりました

彼の暮らしは大きく変化しました。

眠りにつくと、毎夜、怪異が夢にでてくるようになりました。夢の中で彼は、怪異と戦うという選択肢しか与えられませんでした。何日も、何ヶ月も。それを繰り返すうちに、彼は夢の仕組みを悟りました。
怪異を消すか、こちらが消されるか。夢から醒めるにはこの二つの方法しかないと。そのせいで、彼の生死に対する麻痺が起こりました。こちらが死んで、目が醒めると生きている。傷跡も疲労も残ったまま。

怪異を消したとしても、埒が明かない。しかし怪異を消すことで、自分の手元に戦力として手に入れることはできる。毎夜続く眠りのいざない。眠らないという選択もない。もう何度も試した。無駄だった。

（怪異を殺せば、私はまた、朝を迎えられる）
(でも、怪異が私を殺しても──私はまた、生き延びる)

　毎夜繰り返す、死のループ。
　殺して目覚める。殺されて目覚める

私は今、生きている？　それとも──

自問自答の繰り返し。また今夜も怪異と仲良しこよしだ。切っても切っても離されない。自分の存在意義もわからない。だって彼には、記憶がないのだから。彼を憶えている人は、誰一人だっていやしない

そんなある日、忘れてしまった感情を思い出した

「月だ。月が出ている」

運命だった。きっと一目惚れだった。でも彼は記憶がないから、それを恋とは名付けられなかった。夢の中に朧げに浮かぶ月。それは輝いていた。深く深く、とても深く。
夢の中に、怪異はいなかった。月が怪異らしかった。でも不思議だ

「だって、彼──月には、糸がある。見える。そして人生の音が聴こえる」

これは月が、この世界の何処かに降り立っている証だった。どこかの人間の象徴だったのだ

そしてまた不思議なことに、その夢を見た日、激闘もなく、疲労もなく、いつの間にか夢から醒めていた

運命だ。そうだこれはきっと、記憶のない私に授けてくれた祝福だ。

いつしか彼は、何処かにいるだろう月を追い求めるようになりました。

(違う、お前じゃない)

(もっと綺麗だ。浮かべよ、空に。なあ、何故だ)

しかしいつまでたっても、月がまた彼の前に現れることはありませんでした。

そんな数え切れない日数が経ったある日、彼は夢の中で、対話のできる怪異と出会いました。

怪異は言いました。

「月が綺麗だね、こんばんは」

目を開けず、うっそりと笑う"男"。男と言っていいのかわからない。だって彼には翼がある。よくわからない冠のようなものも浮かんでる。長い白髪は、夜に溶けなかった。

「その言葉、わかって言っているのかな」

ミヌットは怒りました。もう、それはそれは。でも怪異は話をしたかったみたい。

「絵画に引き込んだことのない人間と会話したの、初めてだ。君に興味がある。こんにちは」

こちらが挨拶しなかったからって、酷い人。わざとらしい生き物だった。何処までも。

「こんにちは。君の心臓を貰うね、さようなら」

「こんにちはの次は、よろしくお願いします、って、習わなかったのかな」

彼の翼は硬かった。散っていった羽は、髪と違って溶けるらしい。何度も何度も試して、やっと彼の羽を砕いた。その瞬間彼は笑った。造り物の羽をこんなに綺麗にしてくれるなんて、最高だ、って。

「君、彫り師に向いてるよ」

そう言い放つ彼の顔に腹が立ったから、重い一撃をくれてやった。反撃することなく、不思議な男は池に墜ちる。

手が生温い。ずるりと彼の身体から腕を引き抜くと、絵の具まみれだった。全部、黒だった。
「あぁ……たのしかった」
白髪が黒に変わる。絵の具に染まる。
「なんで笑ってるんだ」
「君を好きになっちゃったから」
だからもらってよ、僕を。
そう口にした彼の身体は、徐々に塵に変わっている。
盗みびと──ああ、愛しい怪盗よ。君の屋敷にお邪魔するね。
そう言って、彼の身体は黒に染まりきった。

後日、新しい訪問者がやってきた。
「レヴールだよ。よろしくね」
「君、絵画の怪異だったのか。というか、挨拶するところ、間違っているだろう」

このまっさらなキャンパス、意外と居心地良いみたいだから、使わせて貰うね。そう言ってケラケラと笑った彼の目は、生温い絵の具と同じ黒だった。少し恐ろしさを感じて、早々にこの場から離れたかった。だから適当にあしらって、ミヌットは去ろうとする。その時、怪異は声を落として言った。
「君の月の居場所、僕が知ってるって言ったらどうする？」


捨てようかとも思ったが、まだいいだろう。聞かせろよ、その続き。
ミヌットは足を止めて、レヴールに向き直った。うれしそうに笑う彼は、さながら天の遣いのようだった。

「僕が絵画に引き込んだ人間が言ってたんだ。とある造り物を収容している、って。きっと君の追い求めている物だ。ずっと君を見てきたから、間違いないよ…………」

レヴールは眠そうに欠伸して、その後は取り付く島もなかった。場所だけ示された紙を渡されて、君の目を見せて欲しい、と頼まれた時はどうしてやろうかと思った。だが運命のためだ。了承してやった。

「ここか」

辿り着ついた場所は、廃れた研究所だった。怪異収集家として有名なミヌットは、権力を使い、視察という名目でここに来ている。

「おお、我が団体にようこそ！　収集家様」
「よしてくれ。私は見たいものがあるんだ」

そして、運命に──
運命？

「、」

倒れていた。ツンとする酸の匂い。薬品だ。それも、とても強いもの。
硝子越しに見る月の見た目は、まるで子供のようだった。人間ではなく、また造り物と言うには美しすぎた。人とは違う耳、私と同じ反転目があった。一つ違う所は、彼は両目とも反転目なことだった。私は右眼だけだから、人にはこう見えているのかと、不思議な感覚に陥る。

「こちらに興味が？　この子はローディル。うちの自慢の子ですよ」
「──ええ、そうでしょうね」

彼に興味があることに気がついたのか、誰かが何かを言っている。段々と熱が入り、言葉数も声量も大きくなっていく。倒れていた彼は、こちらに気がついたのか、血色の悪い顔でこちらを見た。まだ、誰かが何かを言っている。
(やはり──)
邪魔だ。彼の音しか、私はいらない。
そうだ、炎を与えよう。



「参ったな。彼に火がつかないようにしなければならない。炭汚れ一つ、付けないからね」

研究所は全焼し、何も残らなかった。彼の痕跡を知るのは私だけでいい。糸も丁寧に、全部切ってあげる。君の髪を梳いてあげる。何も知る必要は無い。何もいらない。

だって、君にとってここは、辛い場所だろう？

「さて、一つ硬い糸があったが、まあ良いだろう。邪魔な糸は全部切った。これで綺麗だ、ほつれも治してあげるよ、ローディル」

数時間後。
一人、研究所に帰ってきた男がいた。男にとって、その場所は辛く、嫌悪の対象ではあったが、同時に男の居場所でもあった。だが、そこに残るは、塵のみ。


ローディル、ローディル。どこにい
るの。どこに行ったの。
幸せになろうって約束したよね。ここから抜け出す為に、私は頑張りましたよ。
ここは環境が劣悪だから、花、見たこと無いよね。君のために摘んできたよ。墓参りの花じゃないよ。ねえ、聞こえる？　塵を見ても、私の思いは変わりません。だって、あなたの魂がここに無い。

本当に天国に行ったのなら、まだここに魂が留まるはずだよ。私はそれを知っています。あなたの魂を、私は人一倍知っています。

「誰だ。誰だ。いいよ、捜すのは得意だ…………」

待っててね。必ず迎えに行きます。


男の思いは届かない。声になってすらいない。当然だ、泣いているんだもの。言葉にすらならなかった。

男の名前はレイティス。
ローディルと同じ血で造られた、人造人間だ。

ミヌットの過去はここまでです。
まだ続きはありますが、他のキャラでそれは出していきます😘💓
みんなリアクションありがとう…………🫶🫶🫶

嬉”し”い”…………ありがとう！！めちゃくちゃ糧になります😭😭😭
幸せ…………えへ…………😚💓🫶🫶

メッセージを入力…

アプリからのみです