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2025/8/2 22:32

人造人間のレイティスとローディルの過去話しますか
話せたらレヴールの過去まで話したい

廃れた研究所には、欠落品の人造人間と、完成品の人造人間がいました。

欠落品である人造人間の名前はローディル。彼に怪異を注入する際、研究員は誤って怪異を逃がしてしまいました。遠い遠いどこかに行ってしまった怪異。人間は追いつくことができません。

「ああ、どうしよう」

身体に注入できたのは、少しだけの怪異。規定の量を大きく下回った造り物は半端な作品となりました。まるで容れ物を振ったかのように、人造人間の身体は揺れました。それは悲しみか、はたまた憎しみか。感情を知らない研究員は定義しません。

「未完成でもいい」
実験体にすればいくらでも使える。
うちには怪異を入れきった完成品がもうできている。先に欠落品の目を開かせよう。

「…………」
「喋るなよ、騒ぐなよ。うちの研究所に生まれた君に、勲章を刻んであげよう」

首に彫られる心臓のマーク。拍動を知らない、感情を知らない容器には不相応な勲章でした

遠いところに逃げていった怪異は意思もなく這う。それを操作しているのは、欠落の人形。彼は生まれたばかりだから、赤子の手をひねるように怪異を操ることができたのです。彼自身が、赤子同然だというのに。

「…………」

何かの手違いか、彼の操る怪異は何処かで消えてしまった。操る本人はそれを自覚することなく、どこかのナニカを大きく変えてしまった事実を知ることもなく、目の前の研究員に身体を好きなようにされるのでした。



冷えた風が太腿を撫でた感触で起きたその時、目の前には幽霊がいました。

「ごめんなさい、驚かせましたか」

良く見れば、自分と同じ白髪の造り物でした。口を開こうとするが、酸味が口に広がって、うまく話せない。ああ、生きていると思った。乳飲み子ではない彼らに愛情というものを与えたのは、この時だったのかもしれません。

「寂しい時に傍にいてくれる人を探してたんだ」

幽霊みたいな彼はそう言って隣に座った。
「似たもの同士だね」よかったら、仲良くしよう。そう言ったのも彼だった。
欠落品は言った「この服、煙たくなってる」完成品は言った「私の服は、埃の匂い」

お互いに身も心も埋めたくなって、二つの手が重なった。肩にかかる髪が壁に挟まって痛い。引っ張られるのはただの重みじゃなくて、感情なんだと気付いたのは、少し経ってからだった。

「綺麗だね、君」
「俺はどういう見た目をしているの？」
「感情を知らない目」
だから、私も知りたくなる。
彼が言ったように、似たもの同士でした。

それからと言うもの、彼らは家族のように常に傍を離れなくなりました。実際、彼らは血が繋がっていましたが、二人がそれを知ることはありません。知ろうともしません。感情でまだ語れないから、しょうがないね。

「検査に行ってきます」
「いってらっしゃい、レイティス」
年に一度、人間の健康診断のように、彼らにも検査がある。怪異で蠢く環境に出向いて、耐久率を調べるものだった。でも、欠落品はいつもお留守番。力がうまく出せないから。
実験に耐えることしか、彼は知らない。研究所の床をのたうち回る事しか、彼は知らない。

(──ああ、一人は寒い)

辛いという言葉も、彼は知らない。

検査に行く前、薬の副作用で眠そうなローディルに、彼は言いました。

「幸せを知っている未来を想像した時、君が傍にいました」

わざと、だったんでしょう。眠りに落ちる寸前なら、あまり記憶に残らないことを、彼は知っていたから。外に行くぶん、彼のほうが博識でした。
ローディルの一人称は俺。それは、研究員の一人称を真似しているだけ。それと違って、レイティスの一人称は私。彼だけが外を知っているから、敬語も段々と話せるようになっていた。最初は、敬語なんて使ってなかったのに。今じゃ彼の特徴の一部となっている。

「それは、気持ち？」
「うん、気持ちです。君が好き、なんだと思う」
よくわからないな。ローディルはそう思いながら、いつものように寄り添いながら眠りに落ちたのでした。

そして今年も、検査の日がやってくる。

レイティスが検査に出向いた後、ローディルは周りが騒がしいことに気が付いた。いつものように眠っていたからか、頭にモヤがかかっている。薬の副作用が、今日も身体を巡っているのだ。
眩しくてよく見えないが、研究員の隣に見慣れぬ服装の男がいる。男と目があったような気がしたが、硝子の反射で男の目が隠れてしまった。ローディルは、力の入ってない手で自身の身体を守るようにそっと包み込んだ。何故そうしたのかはわからない。でも──

(これ以上、目を合わせるべきじゃない)

隣で笑う研究員達とは違い、男は恐ろしいくらいに感情がないということに、ローディルは勘づいていた。

「こちらに興味が？　この子はローディル。うちの自慢の子ですよ」

そう言って、研究員は楽しそうな声を上げた。研究員の笑った顔を、ローディルは初めて見た。だが、彼にとってそんなことはどうでもいい。それよりも、

(──自慢って、なんだ。)

子供扱いしてくれなかったくせに。
全く愛情をくれなかったくせに。
自分たちが育てたとでも言うような言葉を、研究員が吐いていた。
ローディルは泣きそうだった。だって、あんなのは愛じゃない。似たもの同士のあの子に教えて貰った愛は、二人で拍動を作ることだったから。傍にいると温かくなって、寄り添うと存在しない鼓動が動いて。そういうのを、愛っていうんだって教えてもらったから。あの子といる時、胸がぎゅっとなって苦しかった。正しい血潮は流れていないけれど、あの子と共有した命が俺の中で開いているから。それを愛おしいと思うことは、きっと正しいと思う。

「──ええ、そうでしょうね」

男がそう言った"気がした"。
造り物は驚きました。次の瞬間、炎が広がっていたから、よくわからなかったんだって。

研究員達の叫びも涙も包みこんで、目の前が炎の胃に入っていく。ローディルは、喉が渇いてたまらなかった。流れる涙を胃に放り込んで、どうにかして渇きを誤魔化そうとしたが、無駄だった。

咳き込むほどに熱くなって、硝子が砕ける音がした。男が足を踏み込んだらしかった。
これは、異常だ。
彼の足が着くセメントだけが、炎に食われていなかった。そして自分を包もうと迫る炎は、男の愛しい者を触るかのような手つきで振り払われた。
そして、瞬きをしたその時には、もう周りから何も残っていなかった。いつの間にか、研究所の外に出されたのだ。

(いったいどうやって？　今の一瞬で？)

どうしよう。どうすればいい。気付いたら男の腕に抱かれているし、研究所は全焼した。まだ、まだあの子が帰ってきていない。満たされぬ者同士、愛を教えてくれたレイティスが。あの子は今何処にいる。検査なら、そう遠くないはず。今からでも、まだ遅くな──

「君は、大切な者がいるんだね。あれもこれも全部…………邪魔だ」

大丈夫、全部切ってあげる。

次の瞬間、男は刃物を取り出して、

ジョキン

その時、細胞が泣き叫んだ。おそらく、何かを変えられた。大切な何かを失った。

「ああ、やっと本来の君に逢えた！」

男は嬉しそうにローディルの身を抱いた。

「──綺麗だね、君は」

「…………ぁ、」

(その言葉、誰かが言っていたような)

「……わあ、見つけたんだね」
「戻った。レヴール、君の言うように月が本当にいたよ。ありがとう」

屋敷には絵画の怪異と、先程研究所を全焼させた男──ミヌットが、ローディルを腕に抱いて戻ってきたところだった。
絵画の怪異は目を開けてミヌットの周りを羽ばたく。造り物の羽でも、飛べるらしかった。

「ねえ、ご褒美を頂戴よ」天の遣いは、ミヌットの頬に触れる
「いいよ。君に褒美をあげる」腕に月を抱えた男は、レヴールの顎をそっと撫でて言った。
影が合わさって、男の片眼鏡がずれる。絵画の怪異は、愛おしそうにそれを直すのだった。それを制して、もう終わりだと言わんばかりに男は歩を進める。

「ねえミヌット、当ててあげる。炎を使ったね？　煙たい味がした」
「大人の味だろう」
「…………うん」

彼は変な所で照れる。男は怪異が黙り込んだのを見て、これ幸いと彼を置いていくのだった。

客室の寝床に月をそっと寝かせて、毛布をかけてやった。服も身体もボロボロだったから、力を使って全部綺麗にしてあげた。

「…………」
「置いていくなんて酷い男だね。君はいつもそうだ」

背後から遅れてやってきた怪異は感情を乗せずにそう言った。
どういうことだ。
それを言葉に出す前に、怪異は男の懐に入り込んだ。

「僕たちの画家について教えようか」

僕を描いた画家は、一人の男だった。作品を出しては売って、出しては売ってを繰り返すうちに、世に実力を知らしめた。名が有名になっていくにつれ、画家は世間の期待を背負うようになった。

ある日、画家のもとに造り物の人物をキャンパスに描けという注文が来たんだ。画家は自然を描くことしかしてこなかったから、酷く動揺した。
とにかく描いて、描いて、没作品を作りながら描いた。資料も作り、精密な測り機を使って絵の具を塗っていった。出来上がりそうになった作品は一つだけあったが、期待を背負っていたから、その作品は捨てられた。それが没作品だ。

そしてその没作品の後、完璧な絵画が完成した。

「それがレヴール──この僕だ」

そして完成した作品である僕を置いて、自暴自棄になって画家は遠い所に行ったのさ。そして画家は、この世から去ったと“言われている”。

世間からは、異変死したと噂が流れた。その流れで、僕の都市伝説ができたんだ。

「人間の噂話から、僕の自我は生まれた」

僕の画家は、異変死なんてしていない。


僕の画家は、怪異に呑み込まれたことで、画家であった記憶を無くし、今を生きている。


「僕を描いたのは、君なんだよ、ミヌット」

「月の居場所を教えたとき、ずっと君を見てきたって言っただろう」

思い出して、愛しの盗みびと。

「君が記憶を無くしていても、僕は君を愛しているよ」

そっと、ぎゅっと、記憶を戻してあげる。丁寧に外面を外してあげる。
楽しいね。君の遺品である僕は、こんなに美しくなっちゃった。

「っぐ、ぁ！」
「その顔は初めてみたよ、もっと見せて、ねぇもっと！」

知ってくれたかな。僕は生まれたときから、君の虜だったってこと。僕の美しさを生み出したのは君だよ。僕を”こんなの“にしたのも君だよ。

「憶えていなくていいから、僕をもっと理解して…………」
「きみを、描いたなんて、しらなかった」

流した涙は、誰のものだったのか。

今回はこれで終わりです💐
次話す予定のものは、ローディルを捜すために、レイティスが頑張るお話

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